東大教師が新入生にすすめる本(2011)
2011の記事ですが参考になれば幸いです。(他の教員のも併せてはhttp://www.utp.or.jp/topics/2011/04/06/oup4iaeaeaoaiacuoaethaeaeeu-3/ :「UP」4月号特集「東大教師が新入生にすすめる本」(2011)]) を参照してください)
金子建志「ベートーヴェンの第9」(音楽之友社)
年末の恒例行事となっているベートーヴェンの第9だが、その楽曲の解釈や楽譜にいまだに多くの謎が残っていることをご存知だろうか。ベートーヴェンは音楽家であると同時に、世界で最初にメトロノーム記号を導入したテクノロジーの先駆者でもあった。一方でその譜面の記載については不明な点も多く、現在に到るまで議論は終結していない。ベートーヴェン交響曲の演奏形態も、ロマン派的な大編成オーケストラから、作曲当時の楽器や演奏スタイルを厳密に再現しようとする流れに発展してきている。本書はそういった近年の第9研究史や演奏史を理解するためのこの上もない、一般書として入手できる範囲でもっとも詳細な解説書である。筆者はこの本の影響で数十枚の第9CDを蒐集することになってしまった。
M.マクルーハン「メディア論:人間の拡張の諸相」(栗原裕・河本仲聖訳、みすず書房)
真の古典が、読むたびに新しい何かをもたらしてくれるものだとするなら、本書はもはやその範疇に入っているだろう。ほぼ十年に一回ぐらいのペースで読みなおしているが、そのたびに自分の理解の仕方が変わってきているのを感じる。ここで議論されているのは新聞やテレビのような情報媒体としてのメディアに留まらない。マクルーハンによれば技術や人工物・環境はすべからくメディアであり、そしてメディアは我々の身体の拡張である。インターネットがまさに自己や社会の拡張のように体感できるようになった時代になって、ようやくマクルーハン思想の真意を理解するための準備ができたと言えるかもしれない。
V.パパネック「生きのびるためのデザイン」(阿部公正訳、晶文社)
も、読み返すたびに新しく感じられる一冊。原題「リアルワールドのためのデザイン」の通り、先進国の工業製品のデザインではなく、発展途上国の生活や社会基盤を改善するためのデザインなどを含む。それらは完成品としてだけではなく、誰もが再現できるような知識として伝搬することを意図している。持続可能社会やソーシャルビジネスの先駆であり、インターネットや3次元プリンタなどの技術によってモノづくりのプロセスを革新しようとするデジタルファブリケーションの考えにもつながっていく。パパネックによればデザインとは「ある行為を、望ましい予知できる目標へ向けて計画し整える」プロセス一般を意味する。引き出しの整理から国家戦略に至るまで、すべてはデザインなのだ。
安藤忠雄「連戦連敗」(東京大学出版会)
では、数多くのコンペの記録から氏の建築哲学が浮かび上がる。世界の安藤があえて連戦連敗と呼ぶその過程には、プロとしての圧倒的な実績と自信がみなぎっている。ちなみに本郷キャンパスに2008年に竣工した情報学環福武ホールは氏の設計によるもの。
「オープンシステムサイエンス — 原理理解の科学から問題解決の科学へ」(所真理雄 編著訳、NTT出版)
最後に、筆者を含むソニーコンピュータサイエンス研究所の研究員で書いた本書を揚げておく。20世紀から21世紀にかけて、科学の方法論自体が大きく変化してきている。単純な要素還元主義では収まらない新しい科学の方向性を生命・経済からサイバー社会や芸術に至るまで論じている。
(暦本純一 大学院情報学環・学際情報学府 教授 / 情報科学)